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2008年10月

10月19日(日)フランス人が帰っていった!

今日でフランスNGOの活動は終わり。

やっと終わってくれた・・・

というのが感想。

私は何もしていないんだけど。

2週間いたうち、私は5日くらいしか顔を出せなかった。

しかもいつもちょろっとだけ。

でも、朝から晩まで土日もみっちり活動してらしたので、なんだか落ち着かなかった。

結局毎日みっちりいろんな講義をしてたみたいやけど、村人参加率は3、4人。

開発というより、有機野菜の育て方を普及しにきたのかな。

最後までよくわからない人たちでした。

一応連絡先聞いとこかな、って思ってNGOの中心人物にたずねたら

「何かあったら、まずはアイーシャに言って。」

やって。

現場からの意見を直接聞くというスタンスではないみたい。

せっかく日本人のボランティアがいるのに、うまいこと使ったらいいのにな、と思ってしまった。

今日、みんなで畑を耕していろいろ植えてた。

私もお手伝いしたけど、これはどうするのかな。

残りの作業を女性たちでしてね、とアイーシャに言われたけど。

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10月18日(土)マモン・ジュマア

前々から気になってた人物、「カルメット在住アラビア語の女教授」。

この人とおとといばったり会った。

そして、今日アンビテを受けてたので、カルメットにある家へ。

外見は普通なのに、中に入ると別世界。

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豪華すぎる。

こんな家、カルメットにあったんや。

ハリラを洋風なスープ皿でいただいたのは初めて。

電子レンジ、エスプレッソマシン、トースター、などなどの電子機器がたくさんあるし。(でも、今日は一日停電で何も使えなかったけど。)

そして、その人、とっても優しい。

なんだかほっとする暖かいオーラ。

フランス語も流暢できれいだし。

私の汚いフランス語もちゃんと聞き取ってくれるし。

この人と何か活動ができそうな予感。

あなたのマモン(フランス語でお母さん)よ、何かあったら言ってきなさい、と。

カルメットにムィ(アラビア語でお母さん)は何人かいるんだけど、

ジュマアさんはマモンという言葉がよく似合うとっても素敵な方。

いろいろ甘えていこうと思う。

あなたの出会いに何か意味がありそうです。

これからよろしくです、マモン・ジュマア。

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カルメット村のお葬式

この間お葬式にいってきたので、ここらでレポート。

イスラム教は火葬ではなく、土葬をする。

朝に亡くなったらその日の夜、夜に亡くなったら次の日の朝に。

体を布でぐるぐる巻いて、土の中へ。

お葬式は、特に形式だったものはなく、親戚が集まって、それぞれ話ししているだけ。

服装は、喪主の人だけが白い服装だけど、ほかの人はどんな服装でもいい。

ということで、私が行ったお葬式の流れをここで紹介。

     朝、11時くらいに亡くなられた方の実家へ

     ご家族の方に「バラカフラスコ(日本で言う「ご愁傷様です」みたいなかんじ)」と言ってあいさつ。

→そこには男の人はおらず、女の人だけ。男の人は土葬をするときまでは来ないらしい。

     アッチャイとお菓子、お昼ご飯などをいただく。

     土葬開始。

→土葬は山の上にある場所。男の人だけでいく。このとき、みんな取り乱して泣いていた。私も。

     終わったら、男の人たちはコーランをみんなで合唱。女の人はそれを部屋の外で聞いている。(別の部屋で世間話をして聞いていない人もいる。)

     そして、夕食。羊と鶏の二種類が出てきた。結婚式と同じメニュー。(=思いっきり豪華)

     みんな帰った後は家族だけで団欒。このときはもう悲しいという雰囲気はなく、みんな冗談を言い合いながら楽しく過ごしている。

     次の日もその次の日も(いつまでかは分からない。今現在も)近所の人たちがその家に行って、みんなの様子を伺っているようだ。

私は女性なので、亡くなられた方を見る機会がなかった。

土葬するところとか、一緒に行きたかったけど。

総じて、土葬か火葬、コーランかお経の違いはあるものの(それが大きな違いだけれど)、日本の葬式(私の地元の葬式)とあまり変わらない感じ。

ただ、ここでも女性と男性が全く別行動。

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10月17日(金)一人写真

隣村ブニムラーズまで歩いて行くのが、最近の私の流行。

徒歩で30分ほど。

なだらかな道なのでそんなにしんどくないし、眺めが最高なので、気持ちがいい。

今日は、ブニムラーズの女性組織のリーダー、レイラといい話ができたので、るんるん。

帰りに一人写真を撮ってみた。

でも村の人(一部)に言わせると、女性が一人で歩いていったらあかん、らしい。

あー、こういうとき、ちょっとめんどくさいなって思ってしまう。

いいやん、明るいうちやしなんも危険はないんやし。

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10月14日(火)写真登録

今日は朝からふらりとカルメットの小学校へ行った。

前々から小学校の先生に呼ばれていたので。

とりあえず校長室に行くと、校長と男性がもくもくと作業。

子供たちの登録の書類を作ってると。

しばらくすると、スーツを着たちょっとお偉いさんかな、という人が登場。

そこで何やら議論。

いきなり私に話が向いて、自己紹介。

「彼女に手伝ってもらったらいいじゃないか」

と。

なにやら、子供の登録のためには母親の写真が必要なんだけど、写真を撮りたくない女性がたくさんいるらしく、(イスラム教の女性は写真に撮られることがいけないことだといって、撮らしてくれないことが多々あり。)そのお母さんたちを説得してほしい、とのこと。

果たして、そんな大役できるのでしょうか。

でも、どの女性がそう思っているのか知る機会でもあるし、なんでもやってみようと思う。

とはいうものの、すべての書類整理が終わって、誰の写真が出てないかのリストを作ってもらってからの作業なので、当分先になりそうだけど。

そして、いつも私に話しかけてきてくれる小学校の先生に呼ばれてクラスへ。

授業中なのに子供たちほっておいて二人で話す。

日本ではあまりないことなので、なんだかとまどいます。

その後一年生のクラスを見学したりして。(担任は同い年の女の人!)

小学校で何がしたいのか、案を書いてきて、と言われた。

いや、特に今はまだ何も考えてなかったのですが・・・

とりあえず顔見せに来ただけだったのに。

でも、ぼちぼちゴミ啓発とかできたらな、って思ってたので、何か考えようかなぁ。

同期の小学校の先生方にいい案ないか、聞いてみよっと。

そして、ロトフィのいない青年の家。

今日は最近ちょくちょく顔を出してくれていたムスタファ君が主に授業をしてくれた。

私は小さい子たちが自習している部屋で見ていた。

でも、窓から外に出る子、真剣にやってる子にちょっかい出す子、私を見たくてやいのやいの言ってくる子。

もうはちゃめちゃ。

あげくのはてに、教室の窓ガラスが一枚割れました。

はぁ。

こんな日に限って村長が来て

「今、窓から外に出ている子がいたよ。どないなってるんや。」

みたいなこと言って、帰っていった。

これが青年の家の現状ですよ!

と言いたかったけど、言えず。

ま、ぼちぼち。

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10月13日(月)ロトフィ君がいなくなった!

私の青年の家での活動を初めっから一生懸命手伝ってくれて、時には私の語学の先生ともなっていたロトフィ君が、仕事を求めてカサブランカへ経ってしまった。

今朝、いつものようにロトフィが私の家の戸をトントン。

寝起きの私はめがねのまま外に出て、いろいろ話していた。

青年の家のこれからについてとか。

そして、いきなり

「明日カサブランカいく。」

と。親戚の家にでも行くにかな、って思って

「いつかえってくるの?」

と聞くと、

「日帰りかもしれんし、一週間後かもしれんし、一ヶ月、3ヶ月後かもしれん」

って。

仕事が見つかりそうなのだそう。

それはよかった!

ロトフィにとってそれが一番いいのだ。うん。

ボランティアで毎日青年の家で子供たちのお世話をするよりずっといい。

長男のロトフィは家族を養わないといけないし。

でも、ロトフィは子供にも慕われてて、ロトフィがいると、子供たちはおりこうさんにロトフィの話を聞く。

いつも、ほんとにやんちゃな子供たちが。

青年の家の今後のこともいろいろ考えていて、彼が村にいる限りは青年の家の活動はうまくいくだろうな、って思ってた。

いつか、こんな日が来るとは思ってたけど、、、まさかこんなに早く来るとは。

子供たちは毎日20人くらい来る。

ちゃんと見てあげないと、建物が壊れるのではないか、というくらい暴れる。

さて、明日からどうなるのでしょうか、青年の家。

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10月11日(日)フランスNGOの活動

今週火曜日からいきなり(私にとっては)来たフランスNGOの活動は着々と進んでます。

来週日曜日までいるらしい。

私も時間があるときに一緒に講座を聞いたり、作業を手伝ったりしている。

女性組織向けに蜂の巣作りを教えてもらった。

女性たちは興味津々に聞いていた。(来た女性は若干6人だけど。)

女性たちが本当にしたいなら、一緒に手伝おうと思う。

第三者としてこの活動を見てきて、また村の新たな問題が見えてきた。

     政治的問題。

     村内格差。

     村と村との格差

村に住んでいる私がその辺を少しでも補充できたらな、って思う。

①には首をつっこみたくないから、そっとしておくけれど。

村内格差。

2週間もこの小さな(といっても1500人の集落)村に外国人が5人も来ているのに、かかわっている人以外はあまり興味がない様子。

いつも役場で見かける人や村長のお兄さんとかが講座を聞きにきたりしているだけ。

ほかの村人は興味がないのか。

自分は関係ないと思っているのか。

呼ばれていないのか。

たぶん、興味がないというと嘘だけど、自分は参加できる身分ではない、もしくは関係がないと思っている様子。

NGOの方も、もっと大勢の人に来てほしいと思っているみたいだけど。

でも、なんとなーくこの村での立場とかがあって、いろんな仕事の棲み分けがなされているように感じた。

「村長との仕事はあの人たちがする。」みたいな。

村と村の格差。

私の配属先であるカルメット村役場は13の村を管轄している。

そのひとつがカルメット。

隣村のブニムラーズも役場の管轄内。

カルメット村にはコンクリートで舗装された道があって、車一台なら通れる。

ま、舗装といっても簡素なものだけど。

そして、店も何軒かある。

このあたりで一番大きな村で都会。

隣村ブニムラーズには小さなお店もないし、道は未舗装。

家もポツンポツンとあるだけ。

雨がたくさん降る時期は、雨によって出来た川でお洗濯。

カルメット村には今みたいに外国のNGOが入っていろいろ活動してきた。

フランスだけではなく、スペインの組織も援助していたらしい。

でも、ブニムラーズにはそれがまわってきていない。

青年の家もないし。

カルメットで学んだことをブニムラーズにも広められたら、って思います。

できれば、カルメットの女性たちがブニムラーズの女性たちに伝える、という風に。

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10月10日(金)バラカフラスク(ご愁傷様です)

昨日の夜、お向かいのいつもよくしてくれるお姉さんカディジャのお兄さんが亡くなった。

今日、お葬式。

たっくさんの親戚が来てて、みんなそれぞれの思いを話ていた。

亡くなったお兄さんには3人の娘さんがいる。

3歳、6歳、11歳。

3人ともとってもひとなつっこく、おりこうさんで、いいお父さんだったんだろうな、と想像できた。

土葬される時、いつも気丈なカディジャがとっても取り乱して泣いていた。

私も、3人の娘さん、奥さんのことを考えるととっても悲しくなった。

お兄さん、今までお疲れ様でした。

ゆっくりお休みになってください。

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頼れる先はいくつありますか?

田舎の生活。自給自足の生活。

毎日の生活はお金がなくてもできる。

食べるものがなくても、近所からおすそ分けをいただける。

お金がなくてもツケで買える。

みんながみんなのことを知っていて、そのとき持っている人が持っていない人に与える。

そのとき出来るならする。出来ないならしてもらう。

こっちがだめなら、あっち。あっちかだめならそっち。

たっくさんの「頼れる先」がある。

この間、久しぶりに都会に出て思った。

物乞いの人が多い。

この人たちはここに住んでいるのか、田舎から来ているのか。

話を聞いていないのでわからないけど、いろんな疑問がよぎった。

家族はいないのか。誰も彼らを助けないのか。

「頼れる先をたくさん持っているほうがいい」

ある方がおっしゃっていた。

そのとおりだと、ここに来て再認識した。

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10月7日(火)日本人とフランス人がやってきた!

今日はカルメット村、かなりインターナショナル。

同期隊員のMが来る予定になってて、早く仕事切り上げようと思ってたのに、なんと、フランスのNGOの人たちが今日から2週間村に滞在するということで、その集まりに呼ばれた。

よりによって、なんで今日なん・・・

でも、とりあえずMを迎えにムーレイイドリスへ。

久々の再会!

積もる話も山ほど。

フランスNGOとの会議はそっちのけではなすこと2時間。

ちょっと落ち着いたので、Mと一緒に会議へ。

途中参加だったけど、意見求められたりして。

たじたじ。

なんだかちょっと威圧的で怖かった。

「で、村の問題は何?」

といきなり聞かれても・・・しかも村長に。

あなたが一番知ってるはずやーん!

女性組織の責任者ともはじめて会った。

貫禄があるというか、なんだか彼女と話すと緊張する。

ま、初対面やし仕方がないか。

うまくやっていけるのかな。

ちょっと不安。

かえって、所長お手製のカレーを食べた。

久々のカレー。

おいしかった!

赤色の「魔法の水」もいただきました。

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10月3日(金)今日は神聖なるクスクスの日。

朝から約束があったのに彼はまた来ず。

これで3回目。

もう彼との約束を待つのはやめよう。

「彼」とは隣村ブニムラーズの小学校の先生。

パソコンを小学校で教えてほしいって言ってきた人。

いまいち乗り気ではないので、もうやーめた。

ブニムラーズでは女性組織との活動をとりあえずしておこう。

そのうちまた何かがあるかもしれないけど。

インシャアッラー

今日のお昼はオマール君ち。

彼は青年の家でアラビア語を教えてくれてます。

クスクス食べて、アッチャイ。

アッチャイ注いでみんなでコーランを「歌う」。

(コーランは本当に歌みたいにきこえる。みんな体を右左に揺らしてリズムをとって「歌って」いる。)

コーランが終わったころにアッチャイがちょうどいい温度にさめている。

なんとも合理的な。

2時に青年の家に行かなあかんのに、家を出たのは2時半。

あー、時間を守らない自分がいや。

でも、アンビテによばれてると、だいたい時間オーバーになる。

どんなけ「2時にいかなあかん!」っていってもすごい勢いで引き止めてくる。

まだ、それをうまいこと振り払う術は身につけておりません。

そういえば、青年の家の責任者が「もう働きたくない」って言ってきて、どうなることかと思ってたんやけど、結局普通に出勤してきてます。

なんじゃそりゃ。

小学校にも話しに行こう。とか言ってやる気みせてきてます。

よくわかりません。

でも、やる気がでたならいいことだ。

もう少し様子をみよう。

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日本は何教?

モロッコにいると宗教のことを考えない日はない。

特にここは宗教色の濃い地域、しかも田舎。

ここの生活すべてがコーランやアッラーと関係しているといっても過言ではない。

たとえば、

食べる前には「ビスミッラー(アッラーの名において)」、食べた後には「ハンドゥリッラー(アッラーに感謝をこめて)」

食べるときは右手で食べる。コーランにそう書いてあるから。

女の人の身なりについてもコーランに書いてある。

一日5回のお祈り。

ラマダン。

犠牲祭での羊の犠牲。

メッカへの巡礼。

貧しい人への慈悲。

すべてコーランに書いてある。

今日は金曜日。

私にとってはただのクスクスの日だけど、イスラム教徒にとっては神聖な曜日。

普段はわざわざモスクにいかない人もモスクに行ってお祈り。

モスクには青い旗が掲げられて

「今日は金曜日ですよー」

とお知らせしている。

そんな昼下がりに、今市場で幅を利かせているロマヌ(ざくろ)を食べながらふと思った。

日本って・・・何教?

食べる前には「いただきます」、食べた後には「ごちそうさま」

食べるときは左手を添えて食べるのが行儀がいい。

目上の人には敬意を払って丁寧な言葉遣い。

あいさつはきっちり。

時間は守りましょう。

お祝い事は鯛とお赤飯。

これって、もともとは仏教や神道やいろんな宗教の教えからきているのかもしれないけど、もはや根拠は分からない。(少なくとも私にとっては)

ただ言えるのは、日本だから。

日本ではそれが行儀がいいっていわれているから。

それって・・・「日本教」?とふと思いました。

モロッコで「何で右手でたべなあかんの?」と聞いたら答えは「コーランに書いてあるから」という答え。とっても簡単。

でも、日本で「なんで左手を添えなあかんの?」って聞かれたら「左手添えないと行儀が悪い」というなんとも苦しい答え。

これから「日本教の教えやから」と言おう。

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10月1日 ラマダンが明けた!!!

ぶろーくらいーど!

ついにラマダンが無事に明けました。

ということで、今日はラマダン明けのお祝いの日。

ここ最近、このお祝いのためにお菓子を大量に作ったり、ハマム(サウナ式お風呂みたいな)で体をきれいにしたりして、村中がそわそわしていたので、ちょっと楽しみにしていた。

私もおとといハマムして、昨日、お向かいのナジェット家のお嫁さんカリマにヘンナをしてもらった。

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そして今日は浴衣を着て参戦!

みんなに「ずいーな(かわいい)!!」と言われまくった。

お世辞でもうれしい。

ラマダン明けのお祝いは日本で言う正月の三が日みたいな感じ。

お祝いも3日あって、親戚とか近所の家に行っては

「ぶろーくらいーど!(あけましておめでとう、みたいなかんじ)」

といって、アッチャイとお菓子のもてなしを受ける。

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私も、昼までは隣のサイードに家にいたけど、昼ごはん後、いつもお世話になっている人たちの家に行って

「ぶろーくらいーど」しまくってきた。

道行く知り合いにも「ぶろーくらいーど」

日本のお正月みたいで、私、これ結構好きだなって思った。

ただ、家に行くたびにあまーいアッチャイとお菓子のもてなしを受けるので、砂糖とりすぎで頭痛くなったけど・・・

そして、私は一人暮らしの「かわいそうな」外国人なので、お菓子のお土産を大量にくれる家もあって、、、

「一人やからいっぱいすぎます、ちょっとでいいです」

っていってももちろん聞き入れてもらえず。

今、家にはくさるほど(ほんとに腐るかも)お菓子があります。

ラマダン中にもらったラマダン用のお菓子もまだまだ消費されずにてんこもりあるのに。

都会で働いている家族とかもみんな村に来てて、とってもにぎやかな一日だった。

今日は「小さいお祝い」らしい。

3ヵ月後には「大きいお祝い」がある。

いわゆる犠牲祭。

羊ちゃんを犠牲にして、お祝いをする。

そのときは外国に住んでる親戚もみーーーんな帰ってくるらしい。

どんな盛り上がりようなんだろう。

おそろしいけど、楽しみ。

余談だけど、最近ぜんぜん自分のアラビア語が上達しないことに凹んでたんだけど、久しぶりに会ったある人に「アラビア語上達したね」って言われてとってもうれしかった。

自分では分からないくらいだけど、ちょーっとずつ成長しているんかな。

できないことばかり気にするのではなく、たまには自分の成長も見てあげないと、と思ったのでした。

ラマダンも明けたし、モロッコに来て3ヶ月経ったし、今一度気合いを入れなおそうと思う。

えいやっ!

近所のかわいい女の子たちもかわいく着飾ってました。

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