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2009年1月

2009年1月21日(水)女性との会議

本日15時30分。

青年の家にて会議が行われた。

15:30 3人の女性が現れる。(おお、時間通りに来てくれた。とりあえずホッ)

16:00すぎ 13人の女性たちとともに会議を始める。

結局15人の女性たちが集まった。

まぁ、上出来ではないでしょうか。

会議の内容は、ジュマア・マモンが演説のように、いろいろ一生懸命話して、
たとえば・・・

何かしたいことがあれば、みんなでしましょう!!
あなたたちの組織だから、あなたたちが何をするのか考えないといけない。
ゆりこは日本からはるばる一緒に働くために来てくれた。しかもボランティア。ありがたいこと。
ゆりこもみんなと一緒に働きたいと言っている。
組織をつくるとたくさんのことが実現可能。
みんなでいいものを作っていこうではないか!

と、まぁ、こんなもんだと思います。
女性たちへの感触はよかったように思う。
今日をきっかけに女性たちの中でうわさとなり、次回会議をするときはきっともっと集まるはず。
次回は、それぞれ何がしたいのかを考えて議論する予定。

本当にうまくいくかどうか分からないけど、きっかけ作りと考えて。

ゆっくりゆっくり、あせらず。

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2009年1月13日~18日 ちょっと前進。かもしれない。

今週はバタバタ忙しかった。

先週、村長と役場で話をしているときに一人の大学生が登場。

論文のために役場管轄の村でアンケートをしたいとのこと。

ということで、カルメットとブニムラーズは私がお手伝いすることに。

2009年1月13日(火)
ラバトへの旅行から久しぶりに村に帰ってきてたまった洗濯をしていると彼女が登場。
すっかり顔も名前も忘れていたから、はじめは何のことか分からなかった。

失礼しました。

ということで、彼女のアンケートのために、一緒に村の家をまわった。
この間、私のアンケートもしたところ。

何か新しいニュース?
うさぎを持ってきてくれた?
この人が刺繍を買ってくれるのかしら?

と、女性達に変な期待をさせてしまった。
弁解するのも大変だし、なんだかアンケートばっかりして何となく申し訳ない。
早く何か活動したいところ。

今夜は久しぶりのカルメット。
ナジェットの家にお泊まり。

2009年1月14日(水)
久しぶりにジュマア・マモンのところへ。
彼女はムーレイイドリスのアラビア語の先生。
彼女と、女性達との活動の話をしていると、またもやメクネスの大学生が登場。

ということで、少し彼女と村を回って。

そして、協同組合に詳しいというオマールという人に会うためにムーレイイドリスへ。
ジュマア・マモンと。
でも、残念ながら彼は不在。

電話番号知っているなら、アポとればいいのに。

こういうところがモロッコ。

でも、そのかわりにジュマア・マモンの先生友達で、裁縫が上手な人に会うことができた。
オーダーメイドでコートを作ってもらうことに。
多分、無料。

彼女もカルメットに来て、女性達と一緒に何かしてくれるらしい。
こうやってすこしずつ人脈広げれたらいいな。

今夜はジュマア・マモンのところにお泊まり。

2009年1月15日(木)
今日は朝からジュマア・マモンとムーレイイドリスへ。
昨日会えなかったオマール氏に会うため。
まずは、ジュマア・マモンの職場の中学校へ。

初、中学校上陸。

外から見ると狭そうだけど、中にはいると以外と広い。
モロッコの建物っていつもこう。

職員室でアッチャイをいただいて。

その後、オマール氏のとこへ。

でも、またいない。

だからー、電話番号知ってるなら、アポとってけばいいのに。。。

と思って、帰る途中にばったりオマール氏に会う。
しかも、スペインで開発関係の仕事をしているという人にもばったり。
彼は(名前は忘れた)、スペイン在住カルメット人。
でも、結構な頻度でカルメットに里帰りしてきているらしい。

これからお世話になるかもしれない。

少し遅れて青年の家へ。

今日は、久しぶりに自分の家で寝た。

2009年1月16日(金)
朝8:00から青年の家。
来週から中学校で試験が始まるので、補修授業。avecジュマア先生
青年の家を開けると、いつもの子供達も来る。
ということで、私は子供達と歌ったり。

青年の家から帰る途中にメクネス大学生に遭遇。
ということで、彼女につきあって村を少し回る。

でも、今日はクスクスの日。
なんでも、昨日会ったオマール氏が村に来ていて、ジュマア・マモンのところで一緒にクスクスするらしい。
今後の活動のこともあって、私はそっちにいきたい!

メクネス大学生に
「一人で回れる?」
というと、「私は人見知りするから一人では無理」と。

しかたがないので、私がドアをたたき、
「どうもこんにちわ。元気にしてますか?今日は私ではなく、彼女が用事あります。」と。

3軒まわったところでタイムリミット。
私はクスクス。
彼女はクスクスは行きたくないということなので、私の家にいることに。

オマール氏とはいろんな話しができた。
そして、とりあえず、女性達と会議をすることに。

決戦の日は来週水曜日。3時半から。場所は青年の家。

対象者は村全員の女性。

さあ、どうやってアナウンスするか。

今度の会議では、連絡網みたいなのを作ろうと思う。

そして、今夜もジュマア・マモンのところにお泊まり。
毛布を掛けすぎて重くて肩がこった。

2009年1月17日(土)
朝からメクネス。avecジュマア・マモン
メクネス隊員との約束後、ジュマア・マモンの妹さんの家で豪華なお昼。
そして、その後ジュマア・マモンと一緒に彼女のお友達のスボー(出産後7日目のお祝い)へ。
ということで、メクネスで泊まるはめに。
今日は絶対に村に帰ろうね、って言ってたのに、あっさり泊まるはめに。

それならそうと、はじめから言ってくれてたら、それなりの心の準備してきたのに。

ジュマア・マモンはとっても温かい人で素敵な方だけど、計画するということが苦手な様子。
先が見えないと不安な正確な私にとっては、彼女と長い間一緒にいると疲れることが判明。

とっても親切なんだけど、やっぱり何事も「やりすぎ」はよくない。

今日は、お肉料理ばっかりだったし、
知らない人だらけで、しかも金持ち集団だったし、
カルメットにいたかったのに、メクネスに泊まることになって

とっても疲れた。

こういうことは精神衛生上よくない。

カルメットがかなり恋しい。

2009年1月18日(日)
メクネスから直接隣村のブニムラーズへ。
メクネス大学生が来る予定だったから。

なのに、こなかったー

なんでも、交通手段がないと。

いえいえ、ありますよ。
私もメクネスから今朝来ましたから。

でも、もう疲れてたからそれならそれで。

いつもブニムラーズでお世話になっている刺繍が上手なレイラのところで、また刺繍をいっぱい頼む。

今回は、帰国後のおみやげに、と、隊員がコースターを120枚も頼んでくれた。

私もレイラもうれしい。

そして、ブニムラーズでも女性達と会議をすることに。

決戦の日は来週日曜日。2時から。女性組合の事務所で。

村に帰って、ナジェットの家へ。
彼女と一緒に水曜日の会議のことを村の女性達に言いに回る。

ナジェットはほんとに仕事が速い。
1時間半くらいでほとんど終わった。

ナジェット様々。

今夜はナジェットと添い寝。

なんとなーく来週あたりが活動の鍵になりそうな予感。
頑張り時な気がするので、今はとりあえず活動に集中することに。

ということで、同期との旅行はおあずけ。

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大使公邸新年会と所長宅

で、ラバトへ行ってきた。
11月再上陸から一カ月に一回の上京。

今回は、日本大使公邸にて在モ日本人の新年会。
豪華な建物の中庭で豪華な食事。
お節料理に天ぷらにお吸い物に焼き鳥にお酒。

お吸い物のお餅に感動。

天ぷらのエビのプリプリに感動。

健康診断でコレステロールが高かったけど、今日はそんなこと言ってられないので、看護師隊員のお許しを得ながらいっぱい食べた!!!

おいしかったー

で、その後所長宅で二次会。

実は、この後所長宅でいただいたお鍋とかアジの開きとか(所長が開いて干したらしい)イワシの炭火焼とか筍ごはんとかの方がおいしかった。

所長はいつもおいしいご飯をふるまってくれます。
ほんとうにおいしい。
隊員が食べたい!と思っているビンゴな味付けのお料理たち。
おなかがはち切れそうになるまで食べました。

その後はSV(シニアボランティア)のおうちでお泊り。

そして、今はメクネスのSVのお打ち。

こうして私がネットをしている間にご飯作ってくれてます。
いい匂いがしてきた。

どこにいってもやっぱりみんなにお世話になっている私。


いつになったら恩返しできるのかしら。

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恋バナ♪

恋愛って?結婚って?

こういう話は、学生のころよく友達と夜遅くまで話したものです。

結局いつも答えが見つからぬまま眠りに入るのだけど。

いつもお世話になっている向かいの家族に嫁として来たカリマちゃん23歳と話をしてて思ったこと。(彼女は18歳の時に結婚。4年後にかわいい女の子を出産。)

実は、今までカリマのことがずっと気になっていた。

というのも、家族との会話にあまり入ってこないし、旦那さんともなんとなーく距離を感じるし、家族もあまりカリマのことを気にかけていない様子だし、あまり笑ったところを見たことがない。

でも、大家の息子が生まれたときのお祝いでカリマが楽しそうに自分の母親や家族と話しているのを見た。

カリマは本当に幸せなんだろうか?(余計なお世話だけど。。)

そういう思いがずーっとあった。

ちょっと前にカリマと台所で二人になったときに、

「私はまだ小さいうちに結婚してしまった。いいことかって?よくないわよ。まったく。」

と言っていたこともあった。

そして、今日、またカリマと台所で2人になった時に話をした。

「モロッコには仕事がない。いっぱい勉強しても大学を卒業しても仕事がない。ほら、シムハメド(彼女の夫)見たらわかるでしょ?彼はいーっぱい勉強したのに、今は仕事がなくて家にずっといる。ああいうのはよくないことよ。だから、私は勉強するのをやめたの。中学校に上がった時に。父親は勉強しろ、しろ、って言ってきたけど、私は勉強しても仕事がないからやりたくない。と言って学校をやめたの。だって、いっぱい勉強したのに仕事がなくて、いっぱい泣いている人をたくさん見てきたから。私の妹も私のように学校を途中でやめた。そして、18歳の時に父親が結婚しろっていったから、私は嫌!嫌!!って言ったけど、父親、母親、みんながそれを望んだからしかたがなかった。そして今に至るのよ。若くして結婚するのはよくない。27歳か28歳くらいで結婚するならいいけど。」

と。

私はこれに対して聞いているだけで何もいえなかったけど。

仕事がないから学校を自らやめたこと。

自分は望まないけど家族が望む結婚をしたこと。

若くして結婚したこと。

何がよくて何がよくないのかなんてわからないけど、これを聞いたとき、なんだかな~というモヤモヤとした気持ちになった。

学校って将来の仕事のために行くものだったけ?

私にとっては、友達つくったり、いろんなこと学ぶことって楽しいことやったよ。

自分が望まないけど、家族が望んだから結婚した彼女。

もし、自分が頑なに結婚しなかったら、家族が悲しむから結婚したのか、

家族には逆らえないから結婚したのか、

理由はなんであれ、この彼女の決断ってすごいことやと思う。

家族への思い、家族との絆はここではとても大切なんだな。

結婚するって、この村の女性にとってどういうことなんだろ。

ここの村の多くの人は(女性からの意見)

結婚=夫につくすことの決意

結婚=自由を失う

というイメージがあると聞いたことがある。

そして実際そのようにみえる。

独身の若い女性はわりかし自由にしている人もいるけど、結婚している女性は基本家の中でせっせと働いていることが多い。

全員が全員ではないけど。

前にナジェットと話をした時も

結婚することはずっと家にいる決意をすること、仕事をしたかったら結婚できない

なんてことを言っていた。

コーランにそう書いてあるのかな。

ということで、今更やけど、コーランを読むことにした。もちろん日本語解説の。

ずっと気にはなってたものの、なんとなく敬遠していた。

でも、やっぱりここの生活とコーランは切っても切れない。

ここの生活を知るためにはコーランを知ることが必須に思う。

そうそう、女と男の関係で、ナジェットとこんなことも話した。

海外で住むためにはそこの国の人と結婚するのが一番早い、という話になり、そしたら行きたい国の人と結婚しちゃえーって冗談で言ったら、

「私は男の人というのを知らない。自分の好きな人と結婚したらいいというけど、どうやっていいのか分からない。(つまり誰かが連れてきてくれないと結婚できない。)」と。

よくよく聞いてみると、男の人と歩いたり、話したりするのは、この村ではよろしくないこと。ナジェットは世間体を気にして男の人と話したり一緒に歩いたりできないらしい。

だから、男の人と知り合うことができない。

ということは、親が連れてきた人か親戚の中で結婚するしかない(この村のほとんどが「ロキリ」という苗字ということからも分かるように、いとこ同士の結婚や親戚の中からパートナーを見つけることが多い。)けど、今のところいい人がいないらしい。

今の日本では、恋愛し、「好き」という感情が芽生え、お互いに「愛し」、そして結婚に至るというのが理想だし、ほとんどの人がそういう経路をたどっているはず。

ナジェットには家族以外の異性を知るすべがない。

自分で好きな人を見つけて結婚してもいいよと言われても、彼女自身ができない。

すごくびっくりした。

「自分の「当たり前」は相手の「当たり前」じゃない。相手の「当たり前」を知るのがまず第一歩」

あれほど自分に言い聞かせてたのに、一番近い存在のナジェットの「当たり前」もまだ理解してなかった。

でも、彼女も結婚したいみたい。子供は2人欲しいってさ。

ナジェットに素敵な人が現れますよーに☆

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明けましておめでとうございます。

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明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いします。

年越しは村で過ごしました。

特に何をするでもなく、気づいたら年越してました。

今日もこうやってネットカフェにきているわけで。

午後から青年の家を開けて子供たちと過ごすことになってます。

普通の日常。

でも、なんか日本的な!!と思って、朝からご飯炊いて日本から届いたふりかけでおにぎりを大量に作ってナジェットの家にもって行きました。

まだ感想は聞いてないけど。どうでしょ。

このあと、ナジェット家でケーキ焼いてと言われているので、これから行こうかな、という感じでございます。

それでは、みなさま素敵な正月をお過ごしくださいませ。

二〇〇九年 一月一日

モロッコ王国 カルメットベンサレムより

※写真は今朝撮った家からの眺めです。だいぶ緑が増えてまいりました。

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忘年その②活動編

活動の4分の1報告

モロッコでの活動の4分の1が終わった。

ここで4分の1の活動の振り返り。

カルメットに到着した日、なんと配属先の村長がおらず、そのお兄さんの家でとりあえず泊まることになった私。(私の家はまだ工事中だった。)

夕方にJICAの調整員とさよならし、さぁ、これからこの村で!と意気込んでいたところ、村長があらわれ、そのままメクネスの高級住宅街へと連れて行かれる。

そのまま村長の家(高級住宅街の中に村長は住んでいる)で1週間程ホームステイすることに。

そこで村長が私に言ったこと

「ゆりこは何がしたいのだ?」と。

そんな唐突に言われても、まだ村に数時間しかいてないのでわからないねんけど・・・

と思いながら、

「とりあえず、青年の家でパソコン教室します」と、本当はやりたくもないのに答えてしまった私。

村長から、村の色々を教えてもらう。

たとえば、

女性組織や水組織、蜂蜜の組織などいろんな組織があること。

道の駅があること。

村でのホームステイ計画が進んでいること。

そして、青年の家があること。

など。(後々、女性組織は名ばかりであること、道の駅は使われず放置されていること、青年の家も今まで一度も使っていないことが判明。)

わぁ、いろいろおもしろそうなことができそう!とわくわくしながら、話を聞いていた。

一週間後にカルメットの組織の責任者たちとミーティングを開いてくれた。

でも、フランス語もアラビア語もいまいち理解できず。

とりあえず女性組織の人と何かをしてみては、ということだったので、それからその女性組織の人のとこに通ってみたけど、いまいち反応薄い。

家に言っても、仕事の話になかなかならず、私はただのお客さんになってしまう。

9月から青年の家でパソコン教室を始めることに。(パソコンを見ると子供が興奮しすぎで暴れまくり、授業がなりたたないためいったん中止となっている。)

その後、ロトフィ、オマール、ムスタファという頼もしい青年たちが子供たちを教えてくれていたけど、みんな村を去ってしまった。村の小学校の先生が一人来てくれるって話しになったのに、現れず。

その後、2ヶ月近く私一人。

子供たちは来るけど、悪さばっかりして、なかなかうまいこといかない。

青年の家に働きに来たんじゃないのに、と青年の家に行きたくなくなった時期もあった。

そんな毎日が続いたけど、やっと、やっと、やーっと、一番来てほしかった村在住の中学校の先生が協力してくれることになり、青年の家に来てくれた。

子供たちも大喜び。

今は私は英語を教えたり、歌を教えたりしている。たまに折り紙とか。

女性との活動は10月に組織の責任者(カサブランカ在住)と会ったものの特に具体的な議論にはならず。

それを村長と話したところ、とりあえず組織はおいといて女性たちが何をしたいのか調査しよう、ということになる。(現在進行中)

その答えをもとに、村長と私でプロジェクトを上げ、資金を探すことにしよう、と。

出てくる答えは刺繍、羊、うさぎ、牛、などが多かった。

それを村長に言ったところ、

「刺繍は売るとこがないし、古臭い。うさぎならプロジェクトあげればわりと簡単にできる」と言われる。

それなら、はじめから「うさぎしたい人~」ってアンケートしたらよかったやん、と思いながらも、羊や牛がしたいといった女性のところへもう一度行き、

「とりあえず、うさぎをしませんか?」

と言って回る。(向かいのナジェットと一緒に)

ほとんどの女性からOKがでて、よし、これで何か出来るかも、と村長のもとへ行ったところ、

「で、うさぎするって誰がプロジェクトあげるんや?」

と。

あれ、私と村長であげるって言ってなかった?と思いながら話を聞いていると、プロジェクトをあげるためには、個人であげるのはできなくて、組織か協同組合の名前であげないといけないらしい。

今あるのは女性組織のみ。

でも、女性たちは女性組織の責任者とは仕事したくないと私に言ってきてた。

私も女性組織との活動がうまくいかないから、組織とは別で何かをしようと思って調査をしてるのだと思ってた。

そういうことを村長に言うと

「それなら新しい組織か協同組合をつくらなあかん。」と。

プロジェクトをあげるために何が必要なのか、組織とは何か、協同組合とは何かということを、私自身が全く理解していなかったことに気づき、一瞬凹む。

でも、調査の最中に「女性組織の長とは仕事したくないけど、ゆりことなら仕事してみたい」という女性がたくさんいた。

そういう女性たち(かなりわがままだけど)を裏切りたくない。
女性たちは家から出てきたがらないけど、チャンスがあれば何かしたいと思ってる様子。

うさぎやら羊をもらえると勘違いして、アンケート用紙に「羊4頭」とか書いてきた女性もいたけど、とりあえずここの女性たちと何かしようではないか。

ということで、現在、協同組合を新たにつくる方向ですすむことに。

でも、協同組合とはなんぞや、ということを女性たちと共有しないといけない。(私自身もあまり理解してなかったし、村の女性たちの中にもあまり理解していない人がいる様子。)

メクネスにある「組織作りのセンター」の人を村に呼んで説明してもらおう、という話だけど、そのためにはその講義に参加できるおおよその人数が必要らしい。。。

ということで、また女性たちのとこに行って回って「こういうことになったので、センターの人が来たら、講義に参加してくれますか」と聞いて回らないといけないことになりました。

何回女性たちの家を回ったら気が済むんだろう。

ま、でも何かすることがある方がいい。

女性たちの家を回るときはナジェットに頼りっぱなし。

女性たちと話しをするのはナジェット。一番しんどいのはナジェット。

プライベートから仕事までお世話になります。

ただ、重大な問題がまだ残ってます。

青年の家でお世話になっていて、女性たちとの活動も手伝ってくれるといってくれていて、おそらく新しくできる協同組合の中心的存在となる村在住の中学校の先生ジュマアは村長をとても嫌っている。村長の仕事は自分のお金儲けのためで本当に女性たちのためになってない、と思っている。(実際はどうなのか私にはわからない。)一緒に仕事をしたくないらしい。

でも、女性たちの活動がスムーズに行くためには村長もジュマアもみーんないたほうがいい。

ここをどうするか、まだまだ頭を悩ませているのでした。

1年半でどうなるのか分からないけど、とりあえず頑張ってみようと思うのでした。

ちゃんちゃん。

それではよいお年を・・・

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忘年その①生活編

モロッコ生活の4分の1が終わった。
この間のクリスマスイブで、モロッコに来てちょうど半年がたった。

あっという間の半年。
そう思えるのはいいことだと思っておこう。

ということで、ここらでこの半年を振り返ってみようと思う。

まず、生活について。

モロッコに来てはじめ1ヶ月はラバトでホームステイ。

11時過ぎてからの夜ご飯にはなかなか慣れなかった。

胃が痛くなって(もともと胃が悪い)、それを誰も理解してくれなくて涙したときもあった。
同期隊員に助けてもらった。

そんなラバト生活を後にし、向かった先はカルメットベンサレム。

日本でもらってた情報では、水道安定、電気安定、インターネット可と書いてあった。

ところが、水道1時間、電気はまぁ安定(風が吹くと停電になること多し)、インターネットなしその上電話もなし。

でも、そんな生活も周りの人に恵まれ、すぐになじめた。

39度の熱を出したときも、近所の人が看病してくれたし、

パンの焼き方も近所の人が教えてくれたし(未だ独り立ちできず)、

そのほか、モロッコ料理の作り方を教えてくれたし、(でも、自分で料理することがないので、なかなか覚えられない)

牛乳や卵、オリーブにオリーブオイル、バターなどはいつも誰かがくれるし、

朝ごはん以外は近所のどっかの家でご馳走になってるし、

おかげですくすくと育って4キロ増し。

家に風呂場がない私を思って、家でハマム(モロッコ式風呂)をするときはいつも呼んでくれるお向かいさんもいるし。

今は雨がたくさん降って、水は24時間でるし(夏になるとまた1時間生活に戻る)、この間電気温水器を買ってもらって、シャワーまでつけた。(トイレに設置)

かなり近代化。

電気温水器をつけたいとか言う私もあたたかく受け入れてくれるこの村が大好き。

隣に住んでる大家の娘のナジュラはとてもなついてくれるし、

向かいのナジェットは今となっては何でも話せる(たまに言い合いになってムカっとくることもあるけど)仲になったし、

向かいのお母さんはカルメットでのお母さん的存在だし、(いろいろ言ってくるから「もう分かってるって!」と思うこともあるけど)

みんないつも気にかけてくれて、ここで結婚しぃ、とか、日本帰ってもまた来てねとか言ってくれるし、

ムーレイイドリスの警察官も「滞在許可書は届いたか?村での生活に問題はないか?」と私を見かけたらいつも声をかけてくれるし(注:滞在許可書がまだもらえてません。)

ムーレイイドリスのなじみのネットカフェでは、私が行くと、いつもの席を指して、どうぞどうぞと言ってくれるし、

たまに「シノワー」とからかうように言ってくるムーレイイドリスの学生にムッとすることもあるけど、とても幸せに暮らせてる。

カルメットが任地でよかった、と心からそう思う。

帰国するときはどうなってしまうのか今から心配。

毎年ここに戻って来たいけど、そうできる可能性は低いし。

でも、心の底からこの村の人たちが大好き。

こんなに素敵な人たちに出会えただけでも、モロッコに来てよかったと思う。

あと1年半、その間に何が起こるかわからないけど、きっとみんなが守ってくれるはず。

だから、私はがんばれる。

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