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2009年3月

難しく考えすぎていた。

ちょっと、理屈っぽい記事(?)が続いていますが、決して凹んでいるわけではありません。
むしろ、その逆でございます。

先が見えなくて不安だったここ数ヶ月から、春の訪れとともにちょっと前を向けるようになった。

赴任してから

・女性のエンパワメントのために、現金収入を!

・上記のためには組織をつくらなきゃ!

・とにかく、何かしなきゃ!

と、思っていた。

その思いで、女性にアンケートをとってみたり、
それをもとに女性組織を作ろうと、頑張ってみたり、
女性の現金収入のために、刺繍を宣伝してみたり、

でも、はっきり言って、うまくいかなかった。

なんでだろ。


「お笑い芸人がネタをしました。でも、客は一人も笑いませんでした。」

さて、この場合、お笑い芸人が悪いか、客が悪いか。。。


きっと、ほとんど全ての人が「お笑い芸人が悪い」というでしょう。


開発の現場も同じ。
うまく行かないときは、現地の人が悪いのではなく、提供している外部者が原因。

だから、今一度自分の行動を振り返ってみた。

今まで、いろんなことを宗教のせいにしてきてなかった?
女性たちが外に出ないと決め付けてなかった?


日曜に開催したイベントには、20人ほどの女性たちが来てくれた。
しかも、未婚の若い女性は数人で、(今まで外にはあまり出てこないと決め込んでいた)赤ちゃんを背負ってきたお母さんもいたし、、おばあちゃんがきてくれたり。


みんな、自分に興味があることがあったら、家から出るんだ。


それが分かっただけでも収穫。

そして、未婚の若い女性(私くらいの年齢)の人は、好奇心がある。
何かしたいと思っている。


よし、何か楽しいことはじめようじゃないか!!

とりあえず、子供たちとしたように、ピクニックに一緒に行こうかな。
そして、そこでいろんなことを一緒に話しして、今後どんなことをするか決めていこうと思う。

自分も楽しまないと、相手も楽しくない。


あまり難しく考えないで、楽しいことをどんどん考えていこう!!!
そういうのは、私、得意やん♪

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思ったときに書いておこう。

こういうことは、思ったときに書いておくのがいいと思う。

私は、相手がどう思うかを非常に気にしすぎて、相手に合わせてしまうタイプ。(冗談とか、友達同士の「ノリ」で毒舌をすることはあるけど。)

この性格が、ここではネックになっていた。

こうした方がいいような気がするけど、でも、こっちの文化ではどうなんだろう・・・
こうしてみたいけど、でも村の人はどう思っているのだろう・・・
あまり言いたいことが伝わっていないような気がするけど、あまりしつこく言ってもなぁ・・・
相手の言っていることがきっと正しいから、自分の意見を押し付けるものなぁ・・・
村の人に嫌われたくないしなぁ・・・

こんな風に思って(いわゆる優柔不断)、今までちょっと臆病になっていた。
ちょっと嫌な顔をされたような気がしただけで、あきらめたり、
自分に自信がないが故に、中途半端な提案になってしまったり。

でも、「やってみる」ということがとても大切だと感じた。

そう思ったのも、他の隊員を村に招待してちょっとしたイベントをしてもらったのがきっかけ。(このイベントのことは、後日じっくり書きます。)

そこで、感じたことは、
・何かアクションしないと、言いか悪いか分からない。
・アクションしないで考えているより、アクションして、失敗したら、次に生かしてアクションすればいい。

簡単なことだった。
理屈では分かっていたと思っていた。

でも、実際できてなかったし、理屈以上に(私にとっては)難しいことだった。

でも、ちょっと行動してみようと思う。

特定の技術がない、つまり、スペシャリストではない私にできること、
それはフットワーク軽くたくさんの人とコミュニケーションを図ること。

やっら!(アラビア語で「よし、やってみよう!」のような意)

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小さな勇気で大きな幸せ

「小さな勇気で大きな幸せ」

これは、大学時代に私が生み出した名言。(と、大学時代の親友は言ってくれている。)

最近、これを改めて感じる。

ここ数ヶ月、人とコミュニケーションすることが少し面倒になっていた。
活動も、方向性が分からなくなっていた。
何もかもうまくいかない気さえもしていた。
「必死」になることが怖かった。

でも、きっかけはよく分からないけど(暖かくなってきたせいかもしれない。)、最近、赴任当初に通っていた家に行ってみたり、
今まで苦手だな、と思っていた人とコンタクトをとってみたり、
新たな人とコンタクトをとってみたり、

自分なりにちょっと勇気を出して行動してみた。

そしたら、なんとなく、先が見えてきた気がする。
以外にすんなり相手が自分を受け入れてくれたり、自分のアイデア以上のことを提示してくれたり。
ずっと前に提案していたアイデアを未だに覚えてくれていて、やってみよう、と言ってくれたり。
自分に少し自信がでてきたような気がする。

必死になると、自分が傷つく可能性も大きくなる。
でも、少し勇気を出して、必死になってみようかな、と思う。

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2009年3月22日(日)子供たちとピクニック

兼ねてからずっとしたいなーと思っていたピックニック。

先週火曜日に、ふと青年の家で「来週の日曜日にピクニックしようと思ってるんだけど、どう思う?」と言ったところ、「いいんちゃう」と責任者アブデラジズが言ってくれたので、企画したのでした。

(でも、その後、ごちゃごちゃ言われた。「青年の家での子供たちを見てたら分かると思うけど、ピックニックになんか連れて行ったら、どんな問題が起こるかわからんで。どうするよ!?」というように。でも、「子供たちをしっかり見守って、遊ばせるのが私たちの仕事でしょ!」と半ばキレながら強行したのでした。)

とはいうものの、私一人では到底道も分からんし、子供たちをお世話できない。(普段の青年の家では本当にひどいものであーる。まるで学級崩壊のクラスです。)

協力者を探さないとー!!!!

候補者:

①ベンサレム君

彼は、先週初めて顔を見た青年。

いきなり青年の家に来て、子供たちと歌を歌いだした。

すごくコメディアンで、子供たちも楽しそうに彼と歌っている。

→インシャアッラー。とのお答え。(火、水、木と青年の家に来てくれたのに、金、土は来てくれなかった。嫌な予感。)

②ジュマア・マモン

マモンの涙を見て以来、かれこれ一ヶ月彼女の家に行けてない。

(理由はたくさんあるのだけど)

ここらで協力を求めてみるか・

→快諾。(でも、あまり信用できない)

③アジズ(青年の家に毎日来ている女の子のお父さん)

彼は村長との仕事もしっかりこなし、信頼できる人。

一度だけ青年の家に来てくれて、私と一緒に授業をした。

→仕事があるらしく、断られた。(がーん、結構期待してたのに。)

④アブデラジズ(青年の家の責任者)

日曜日は彼は休みの日なので、来ないだろうと思って、何も聞いていなかったけど、来るつもりだったみたい。

ちょっとうれしい気持ちになる。

⑤ハミル(お向かいの家のお父さん)

彼は公務員なので、日曜日は仕事無いはず。

息子のフサンもピクニックに来るといってるし、これは協力してもらおう。

→前日の夕方に言ったので当日にならないと分からない。

ということで、とりあえずアブデラジズは絶対来る(仕事はあまりできないが、来ると言ったときは大抵くる。来たくないときは行かないとはっきり言う。)と思うから、まぁ、一人じゃないから大丈夫か。

ジュマアは信用できないなぁ。

ベンサレム君もどうなんでしょ。

ハミルも期待できないしなぁ。

で、ピックニック当日。

前日から私はコロッケを大量に作り、当日の朝も7時半に起きて、コロッケを揚げて。

10時に集合なのに、9時半くらいから、家の外で

「ゆりこーゆりこー」

と子供たちの声。

でも無視。

支度に忙しいねーん!

と、そこで、

「アブデラジズさんが来たよー!」と。

お、さすが!

ジュマアは、「体調が悪いから今日はいけない。次回インシャアッラー。」

やっぱり・・・

で、10時ちょっとすぎに(私以外は10時前に到着していた。)急ぎ足で家の外へ出たら、

ベンサレム君が来てるではないか!!!!!

うれしさのあまり、ベンサレム君とまっさきに握手の挨拶して、アブデラジズと挨拶するのを忘れてしまったのであーる。

ハミルは来なかった。(農作業をしていたらしい)

はじめは7人しかいなかった子供たちであるが、歩いている間にだんだんと増えて、15人くらいになった。

目的地は、川がある場所へ。

大自然の中、みんなでテクテク。

途中の木陰で座って、ベンサレムと歌を歌ったり、私とリコーダーを吹いたり。

私が大量に作ったコロッケは、きれいになくなった。

子供たちもとても楽しかったみたいで

「毎週日曜日しよな!」

と言われた。

「毎週は無理だけど、またしよね。」

と言っておいた。

どうなることかと思っていたけど、怪我人がでることもなく、大きな問題も無く、なんと言っても楽しかったので、よかった!

アブデラジズも、なんかネチネチ言っていたわりには楽しんでいた様子。

こちらもよかったよかった。

そして、ベンサレム君が、「来月、子供たちと劇でもしたいと思う。」と言ってくれた。

今度こそ、本当に実現できるといいな。

しかし、炎天下の中、歩きまくったから疲れたのでした。

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2009年3月20日(金)立ち退き・・・

今日はブニムラーズ村で、レイラと約束があった。

火曜日に役場にレイラを呼んで村長といろいろ話してもらった結果、一緒に村の女性たちを訪ねることになっていたから。

「何かがすすむかも!」と期待して村へ行ったんだけど・・・

そう、ブニムラーズ村には“一応”、女性組織があるのです。

でも、今はレイラ以外は動いていない。

他の女性たちは結婚してしまったり、組織の活動が嫌だったりで、結局崩壊。

だから、組織に資金もなく、オフィスの家賃も払えずにいた。

で、ご察知とおり、オフィスの大家が「家賃払わないならでてけー!」と言ってきたので、本日、私とレイラとレイラの弟とその辺の男の人で、オフィスにあった机やいす、足踏みミシン(アメリカからの援助らしい)などなどをロバで移動させたのである。

援助でいただいたミシンや、セーターを編む機械もほとんど使われないまま。

おそらく援助でいただいたアラビア語の識字教育の本なども新品のまま。

よく言われる「無駄な援助」の現場を見てしまったのでした。

















体を動かして疲れた私たちは、クスクスを食べて、今日はもうお開きとなったのでした。

女性たちのとこ、いけなかったな・・・

また、次回、いんしゃあっらー。(インシャアッラーとは、「神が望むなら」という意。イスラム教徒の人たちはこの言葉をよく使います。)

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2009年3月10日~11日 砂漠、さばく、サバク~!!

念願のサバク。

行ってまいりましたー!!

前日の夜行バスで砂漠の近くの町まで行き、その日は砂漠のふもとの集落で泊まり、次の日の夜行バスで帰るという強行スケジュール。

それもこれも、あまり村を離れたくないというまじめなボランティアの行動です。

あーすばらしい。(自画自賛)

そして、今回の旅の目的は
「砂漠のミュージシャンとセッションをする」

でも、お目当てのミュージシャンがいる集落には、祝日だったため交通手段が無くいけなかった。
だから、とりあえず砂漠へ行って、そこでミュージシャンを探すことに。

奥に見えているのが砂漠。
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イメージと違うと思いません?
山やん、これ。
日本の景色の山の色が砂の金色になった感じ。
イメージでは大きい砂場が地平線まで~と思っていたけど、ちょっと違った。
でも感動。

砂漠でなんとサンドボード(砂の上でスノボ)をした。

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これが結構しんどい。
滑るのはいいけど、滑った道をあがってこないといけない。
砂はサラサラでアリ地獄状態。
そして、こけた時には穴という穴全てに砂が入ります。
ということで、30分くらいして断念。
いい経験となりました。

朝は砂漠でお散歩。

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日の出を見に行ったんだけど、すでに時遅し。
でも朝の散歩は気持ちよかった。

その後、チャリ借りて近くの村まで一時間。
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ギナワ音楽という、アフリカの音楽とベルベル音楽がミックスした音楽を聞きに行った。
これがなかなかよかった。
この弦楽器がなかなかいい音出してます。
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ちょっと教えてもらったけど、難しくてできず。
ま、演奏はプロにまかせましょう。
ギナワ音楽のCDは日本へのお土産リストに入りました。

風邪気味で砂漠のテントで満点の星空を見る、という夢はかなわなかったけど、
十分楽しかった!

砂漠最高!!!

また何回でも行きたいと思いました。

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2009年3月5日(木)カサブランカ発上陸!

昨日の一通のメールで本日のカサブランカ行きが決まった。

それは、カサブランカにある日本の企業の方とお話ができることになったから。

「日本を含め、海外に刺繍を売りたいと思っているので、何か一緒にできないでしょうか」ということを思い切ってメールしてみたら、
とってもとっても大きな企業の方なのに、すぐに返事をくださって。
そして、会う約束までいただいた。

感動。

会社が大きくなっても自分が幹部のポストになっても、こうやってフットワーク軽くいろんな人の意見を取り入れようとする、その姿勢、ほんとに尊敬するしとても魅力を感じた。

で、カサブランカの駐在事務所に行きました。

刺繍は気に入ってくださった。
でも、その企業が何かすることは正直難しいかもしれないけど、日本の知り合いで興味がありそうな人と掛け合ってもいい、と言ってくださった。

おー

お願いします!!!!!

ちょうど明日から東京出張されるらしい。
このタイミングもアッラーのおかげかも!?

この先どうなるか分からないけど、地道にこうやって人脈広げて、村の女性たちの刺繍がちょっとずつ広まってくれるといいな、と思ったのでした。

今回日本に渡ったかわいい刺繍たち

上の二枚はコースター。一番下はランチョマットサイズ。

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2009年2月28日(土)よさこいソーラン節!

活動はさておき。

本日はラバトにて日本語教師会(JICAのシニアボランティアの日本語教師の会)主催の日本語スピーチコンテストがあった。
今回が10回目ということもあり、日本大使はもちろん、エジプトからの来賓も来ていた。

私たちボランティアはそのコンテストのラストでよさこいソーラン節を披露。

実は、前々から興味あったよさこい。
でも、今までの人生で踊れる機会がなかった。
この話があがったときに、迷わず参加表明!!!

でも、結構これすごい運動量。
最初の練習会では踊っている尻から筋肉痛。
次の日は歩けないほどの筋肉痛。

前日までみんなで合わせる練習はできず、各任地でリーダーが作ってくれた振り付け映像で練習。
毎朝6時半から毎日練習していたというツワモノも。

私は、なかなか練習できず前日の追い込み。

でも、なんとかなった。

なにより、みんなでひとつになれてむっちゃ楽しかったー☆

写真をとってもとっても載せたいけど。
いろんな人が写っているので我慢。
写真見たい人は直接ラブレターとともに連絡ください。

そのスピーチコンテストのお昼の休憩の時に、手工芸チーム(特産品を扱う活動をしているボランティア)でバザーを開催した。
私もそこで店を少しだけ。

いろんな出会いがあった。
こうやって身軽に動ける私の役割は「村にべったり」な活動ももちろん必要だけど、こうやって外の世界と村をつなげるのも大きな役割かも、と思った一日でした。

これがバザーの私の一角。
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2009年2月20日(金) ジュマア・マモンの涙

とうとうジュマア・マモンの涙を見てしまった。

昨日の会議の後、ジュマア・マモンのことが心配になって、夜に家を訪ねてみたけどいなかった。

ということで、今日の朝行ってみた。

ジュマア・マモンは家にいた。

でも、いつもの元気が明らかにない。

頭が痛いと。

昨日の会議のことをそれとなく聞いてみた。

すると、

「私は、女性たちのために、いろいろなプロジェクトを考えていろんな人と話したのに、奴ら(村長などの主要人物)は自分の利益のことしか考えてない。女性たちもアイーシャ(カルメットの女性組織(名ばかりの組織やけど)の責任者)になんか言われたんやろうけど、私とは仕事をしたくないらしい。もう女性たちと一緒に何かすることはできない。やりたくない。もうやめた!」

と。涙ながらに訴えた。

私が何を言おうともう決心したみたい。

ま、確かに、ジュマアは純粋に女性のため、と思って動いたのに(大して動いてくれてないが・・・ま、それはおいといて。)、女性たちがジュマアを信頼してないなら、ジュマアは大変か。

でも、読者のみなさん、ジュマアを責めないでください。

ジュマアもかわいそうなところがあるのです。

彼女はメクネスに住んでたけど、都会の喧騒がいやで、夫の生まれ故郷のカルメットに4年前に引越ししてきました。

田舎の静けさと自然を求めて。

でも、村に先生がやってきた、しかも女性!となると、村人は放って置くわけがなく、

いろんなプロジェクトに参加してくれ、と村長やアイーシャ、村人から頼まれて、引越し当初は一緒に働いていたらしい。

が、お金の面で、彼らの汚いところを見てしまってからは、彼らと決別。

それ以後、何があろうと、彼らの利益になり得るものは引き受けないというスタンス。

ということで、今回のINDHの予算申請に関しても、プロジェクトのために下りた資金が、大半は彼らのポケットに入っていって、少しだけ村のために使われるとジュマアは確信しているらしい。だから、女性のためのプロジェクトであっても、村長がそこにいる限り申請できないらしい。

数人から同じようなことを聞いたけど、違う数人からは違う意見も聞いたし、どれがホントかはわからんけど、「火の無いところには煙はたたない」(←やったけ?)というので、何かしらやっている(やっていた)のでしょう。

そういうことで、ジュマア・マモンと女性たちの活動はこの瞬間に終わったのでした。

・・・・ちーん。

でも、ジュマア・マモンには、青年の家で働いてもらうという大きな使命が残っているのです。

「子供たちは純粋だから、子供たちのためにがんばることに決めた」

というジュマア・マモンの言葉を信じて、青年の家での活躍をご期待ください。

それでは。

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2009年2月19日 村役場での会議とその後

今日は、朝10時から、配属先の村役場で会議があった。

目的は、INDH(貧困地域に向けたモロッコ政府の予算)に申請するプロジェクトを決定すること。

ということで、村の主要人物とか役人たちが集まった。

私も呼んでもらった。

そして、ジュマア・マモンもいた。

隣村のレイラも呼んだらしいが、来なかった。せっかくの機会なのに残念。やっぱ、私が隣村まで行って、一緒に来ればよかった。

カルメットの女性組織の責任者アイーシャも来なかった。(カサブランカ在住で遠いからなのか、理由は分からない)

ということで、参加者は10人ちょっと。

※途中で入れ替わり立ち代りしたので、人数があまりよくわかりません。

ま、いろいろ議論したわけですが、ここでもジュマア・マモンがまた爆発してしまった。

よほど村長の一言一言が気に入らないらしい。

あーあーあーあー

先が思いやられる。

私は、とりあえず女性との活動はジュマア・マモンにまかせといて、自分はゴミ問題について話をした。

簡単に言うと、

「村中にゴミが散らばっているのはよくないことなので、どうにかしないといけない。

でも、ボランティアでゴミ拾いするような村人はおそらくいないだろうから、いっそうのことゴミ専門の協同組合をつくって、ごみを集めて、生ゴミは堆肥に、リサイクルできるものはリサイクル会社に売り、その他のものは焼却処分する。

焼却施設と公衆ゴミ箱、ごみを運ぶ用のトラックをINDHの予算で買う。」

というもの。

村長は興味を示してくれたけど、村で協力してくれる人を探さないといけない。

ということで、村に帰ってきて、青年の家をこなした後、ノルディーン・エルガルハのところへ。

なんとフランス人がいた。

ゴミ組織のことを話すると、とても興味を示してくれて、(フランス人も「いいねー」と言ってくれて、少しアドバイスもしてくれた。)

「組織をつくるなら、僕が副責任者になっていいよ」

と。

あれ、むしろ責任者になってほしかったんやけど。

責任者は私らしい。

あーーーーれーー

そんなことできるんかな。

ま、1年くらいは私が責任者でやってもいいけど、それってどうなんやろ?

この半年間、村人が主体で!と思ってやってきたけど、なかなかうまくいかない。

私は黒子にならないと、と思っていたけど、いまいち何ができるのか自分でも分からなくなってきていた。

自分のためにも、村の環境のためにも、ここらで思い切って長になってみる!?

うーん。。。。

どうなんやろ。

ってか、そもそも、外人でも組織の責任者になれるのか!?

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2009年2月17日(水) 初めての発送!

シャウエンで出会った絵描きさんから、モロッコ刺繍のおくるみ3枚の注文をいただいていた。

それが出来上がり、本日無事発送。

初めての日本への発送でどきどき。

気に入ってくれるといいな。

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2009年2月15日(日)日本人が5人もやってきた!

昨日、いきなりメクネスの隊員から

「明日みんなでいっていい?」と。

もちろんですとも!

ということで、お昼ごろ、日本人5人がやってきた。

2人はマラケシュから、3人はメクネスから。

まずは、自慢の我が家見学。

やはりベランダからの景色は気に入ってくれた様子。

そして、村のメインストリートを歩いて、上の方へ。

同期とも行った渓流に向かった。

その途中で、子供たちと会話をしたり、写真とったり、村人と交流したり。

さすが隊員、人見知りすることなくコミュニケーション。

そして、デリジャを話せるので、村人も大喜び。

小腹がすいたので、向かいのナジェットの家へ。

お昼の時間は過ぎてたから、グテメニュー。

自家製ホブスに、自家製バターに、自家製オリーブオイルに、自家製オリーブに、買ってきたジャム。

そして、絞りたてミルクのカフェラテ。

みんな勢いよく食べていた。

中でも、バターが人気だったようです。

よかったよかった。

その後、私も一緒にメクネスへ行き、みんなでわいわい過ごしたのでした。

裏話:

マラケシュ隊員の一人は、「あいつは、きっとモロッコ人のハーフだ!」と言われていた。理由はひげが濃いから。笑

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2009年2月14日バレンタイン!

今日はバレンタイン。

ここ、モロッコでも都会のいけてるスーパーにいくと、なんとバレンタイン系の飾りがちらほら。

ということで、モロッコでバレンタインという存在があることは確かなので、試しに男性陣にチョコを配ってみた。

チョコは大家の店で購入。

でも、ここはカルメット。

10人くらいにあげたが、バレンタインの存在を知っているのは一人だけだった。

その一人は昔軍隊にいた人。なので、いろーんなことを知っている。

やっぱり普通のカルメット人は知らなかった様子。

ということで、説明するのがとっても難しいので、とりあえず

「今日は、チョコレートの日で、日本では、女性が男性にチョコをあげる日なのです。」

と説明しておいた。

ま、間違ってはないかな。。。

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2009年2月13日(金)ジュマア・マモンとアブデラジズ

ジュマア・マモンはご存知のとおり、カルメット在住のムーレイイドリス中学校のアラビア語の先生。

アブデラジズは、カルメット青年の家の責任者。

本日、ジュマア・マモン宅にて私を含め、3人で話し合いという名のお茶会が開かれたのでした。

というのも、ジュマア・マモンが青年の家に来てくれるといってから、かれこれ2ヶ月、はじめの2日は来てくれたものの、それ以後来てくれず。

最近は青年の家の運営について、アブデラジズと2人で行き詰っていたので、とりあえず話し合いをば、と思い、ジュマア・マモンに青年の家に来てくれるよう頼んだのでした。

そしたら、

「お手伝いさん(最近、村の女性に簡単な家事を頼んでいる)がいるから、彼女を家に一人にさせておくと、何か盗むかもしれないので、アブデラジズさんをここに連れてきてほしい」と。

ということで、開かれたお茶会。

話し合いといわず、お茶会と言ったのは、特に何も話し合えなかったから。

アブデラジズとジュマアはアラビア語でいろいろ話をしてたものの、

(私は少ししか理解できないけど、青年の家の話題とかその他知ってる話題なのでだいたい予想はつく。)

そのうち、ジュマアがまたヒートアップしてきて。

あーーーーブシュイーヤ(落ち着いて)!

でも、今日のことがあって、アブデラジズが家まで押しかけて来たのだから、青年の家にまた来てくれたらいいなーと甘い期待をするのでした。

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