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2010年1月

2010年1月26日(水) ブニムラーズの女性たち

本日、隣の集落ブニムラーズの女性組織で、記念すべき第一回目のイベントが行われました。

その名も、フェルト講習会。(外部講師:私)

ここの女性組織は去年5月にメンバーを総入れ替えし、さぁ、これからどんどんいくでー!って感じやったんやけど、色んな理由でなかなか活動できず、やっとやっとやーーーーっと半年以上経って活動らしい活動をした。

ほんと、待ちくたびれて、もう集落行くのやめたろか、と何度思ったことか。。。

でも、この女性組織には集まる場所がなくて(もともとあったんだけど、家賃が払えず、追い出された。)、今日も小学校を無理やり借りて開催。

その手続きとか(これが結構めんどくさい)、女性に声かけしたりとか、つまりはイベント開催の一切の仕事全部、組織のメンバーでやっていた。

講習会の途中にも、メンバー同士がなにやら話し合っていて、今後の可能性を検討している様子。

組織長のレイラは、今日やったことをちゃんとノートにメモ。

今年の夏くらいには、去年から申請している建物が集落の中心地に建てられるらしい。(あくまで予定。)

ぱちぱちぱち。

ちょっと、やるやーーん。

私はこの一年7ヶ月、この集落に関しては、組織長のレイラとしか関わってきていない。
他の女性のところに行くときも、常にレイラと一緒。

というのも、カルメットで、自分で女性宅を訪問し、アンケートとったりアンビテ受けたりしたけど、それがどうも障害になって、(ゆりこが何かしてくれるらしい!ゆりこが何かくれるらしい!という変な期待のうわさが流れ、ことあるごとにそれを訂正しないといけなかった。)うまくいかなかったので、それと全く逆の関わり方でやってみよう、と思ったから。

きっと、ブニムラーズの女性たちは、「ゆりこは、レイラと親しくしている女の子。」くらいの認識やと思う。

でも、結果的に、こうやってレイラを通して間接的に女性たちに働きかけができている。(ほんのちょっとですが。)

レイラは、最初の頃は、なかなか腰が重くって、目立ちたがらなかったし、
話し合いをしてもいつも文句ばっかりで、建設的な話ができなかったけど、
今は別人のように、フットワーク軽く、前向きになってきた。

まだまだ問題山積みですが、ちょっとずつ変化してきているのかもしれない。

と、すこーしだけ感じれた今日でした。

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2010年1月26日(火) お・おばさん!?

村役場は、村の中にあるのではなく、ムーレイイドリスの端っこにある。

そこに行くまでに、中学校と高校の前を通らないといけない。

モロッコ経験者なら分かると思うが、中学生、高校生が集まっている前を通るときの野次がすごい。

いつものように

「シノワー、ジャッキシェーン、#○×$’%#!」

と言われたのだけど、まぁ、無視をするわけです。

と、そのとき、

「へーい、ホゥルティ!」

と。

ホゥティがお姉さん、ホゥルティがおばさん。

日本語で言うと、おばさんとおばあさんくらいの、ちょっとした発音の違いだけど、意味はぜんぜん違うーーー!!!

今、絶対おばさんっていったーーーー

こういう嫌なことだけは、ちゃんと聞き取ってしまうのは不思議。


生まれて初めて、おばさん、と声を掛けられました。

ま、アラサーですからね、そういう歳になったのですかねぇ。。。

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2010年1月23日(土)今日は雨降り

隣の集落に行こうとおもっていたけど、雨風がすごいからなし。

こんなこと言ってられるのも、後数ヶ月。

ま、今日は土曜日やし、本来は活動休みやからよしとしよう。

ということで、今日は、モロッコの村落部配属の隊員で作っているホームページ「HAKKA HAKKA」の作成に時間をさくことにします。(しれーっとアピール。)


では、今日も一日お元気で~

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2010年1月22日(金)さぼてんコスメ

わっくわっく愛読者ならご存知であろう。

私がここに配属されて、何か新しいものを商品としてつくれないかなーと思っていた頃、目に付けたのが、

サボテン。

カルメットにはたくさんサボテンが生えていて、みんなその実を食べる。
とってもジューシーでおいしい。

けれど、たくさん残ったまま。
余ったものは、そのまま落ちるのを待つか、家畜のえさにするか。

その”余った”サボテンを使って、商品にし、売りたい!

そこで、浮上してきた案が、サボテンオイルを抽出し、サボテンコスメとして商品開発しよう!というもの。

オイル抽出などの技術に関しては、実はもう知り合いがいて。
(モロッコ生活一年半、カルメットでぼーっとしているわけではございません!)

機械などの購入は、役場とプロジェクトを立ち上げて国の援助予算に申請。

なんだかワクワクしている今日この頃。

私が帰るまでに商品になるか!?

うまくいくかわからないけど、村長もとても乗り気。
この村長はできる人だから、乗り気になってくれたらしめたもの。

さぁ、どうなるか、乞うご期待!

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2010年1月20日(水)ハミドのお母さん

ハミドとの仲直り騒動のその夜、ハミドのお母さんが亡くなった。

すごく長生きをされていて、おそらく100才近い。

モロッコには珍しく、ハミドは一人息子。

お葬式など一連の集まりに私も行きました。

そこで、じっくりハミドとそのご家族と関わることができ、ハミドとの関係が深まった感じ。

なんだかハミドのお母さんが私たちにその機会を与えてくれたような、そんな気がします。


ご冥福をお祈りします。

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2010年1月19日(火) 言葉がもたらす力

今日、初めてカルメットの人前で泣いた。

それは、うれし泣きのような、悲し泣きのような、よく分からない感情。

ことが始まったのは11月下旬。
いつも、毎日の何度も顔を合わせ、そのたびに冗談を言ってきたり言ったり、
自分の娘のように気にかけてくれて、かわいがってくれてたハミド。

彼は、私の家の下にある商店の店番。

カルメットに来たことのある人はみな知っているはず。
そう、フランス語を少し話す、あのおじちゃんです。

彼の様子が11月下旬から少し変だった。
それも急に。
冗談も言わなくなったし、何か私に対してだけ冷たい気がする。

原因を色々考えていた。
最近、客が多くて、お酒を飲んでいたから、それがばれたのか。
男の子を一人で泊めてあげたりしていたのが、だめだったのか。
ハミドのお母さんが病気だから、そのせいか。
ハミドが病気なのか。。。

毎日顔を合わせるだけに、この2ヶ月ちょっと辛かった。

その答えが今日判明した。

家賃も彼に払うことになっているので、今日払うためにハミドのところへ。

そしたら、おもむろに・・・

「ゆりこは、以前とってもひどい言葉を私に言ったんだ。○○○という言葉だ。覚えているかい?この言葉は、モロッコだけでなく、すべてのアラブの国でとってもいけない言葉。私はいつも娘のようにかわいがってあげていた。由里子に何も悪いことをしていないのに、ゆりこは○○○と私に言ったんだ。」

私は、確かに○○○という言葉を言った。
いい言葉ではないと知っていたけど、軽く冗談のつもりで言った。
友達のナジェットに教えてもらった言葉。
だから、冗談で言うには大丈夫なんだと思っていた。
まさか、その言葉がここまで人間関係をギクシャクさせるとは思ってもみなかった。

私は、本当にいけないことをしてしまったんだ。
私も辛かったけど、ハミドも2ヶ月間色々考えて、悩んで、そして、意を決して今日私に気持ちを打ち明けたんだろうな、と思うと、泣かずにはいられなかった。

「ごめんなさい、ごめんなさい。」

これしか私は言えなかった。

泣いてしまうなんて、自分でも大げさだな、と思ったけど、涙がとまらなかった。

その後、ハミドは

「もういいんだよ。ゆりこは娘だからね。これでもう大丈夫だね。」

とちょっとはにかんだような笑顔で言ってくれた。

ハミドがこうやって自分の気持ちを打ち明けてくれなかったら、
私が日本へ帰るまで、そして帰ってからもずっとギシュシャクしていただろう。

私も、「わたし、何か悪いことしたかな?」と聞こうかと思った時期もあったんだけど、
なんだか怖くて聞けなかった。

せっかく1年間かけて築き上げてきた人間関係が、言葉ひとつで壊れてしまうことがあるんだ、ということを身をもって経験した。

さぁ、明日からも元気でがんばるぞ!

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2009年1月13日(水)最近おもふこと。

4号報告書(ボランティアの期間に5回報告書を提出しないといけません。)をこの前12月に出し、昨日コメントが事務所から返ってきた。

「・・・・村落はいろんな手法で活動ができる反面、あれもこれもとなりがちです。残りの任期は半年ですので、要請中の後任隊員に引き継げるよう、ある程度的を絞った活動をしてほしいと思います。・・・・・」

とのこと。

「的を絞る」かぁ~

確かに、今の私の活動は「あれもこれも」といった印象かもしれない。
そして、的を絞ったほうが、後任の人は「私が何をしていたか」を理解しやすい。
事務所も、後任に「前任者の活動の説明」をしやすい。

でも、それって意味あるのかなぁ。

結局、村落って自分のできることと相手のしたいことを照らし合わせて一番効率のよいものを、一緒に探していかないといけない。

私は、後任の人が私の活動を引き継いでもらおうとは思ってない。
というのも、私がいないと実現できないようなものはしていないから。
そして、私がいないとできなかったことは、後任が来るまでに影も形もなくなっているだろうから。
そして、私ができることと後任の人ができることは違うから。

なので、「成果」とか「何をしているのですか?」という質問は一番苦手。

しいていうなら、成果は「人が私に相談をしてくれるようになってきた」。
何をしているかは、「現地の人のところへ行って、話しをしている」。

なんとも抽象的な~

でも、一年半活動してきて、こういうスタンスが自分のできる範囲で一番いいかな、と思ったので、コメントをいただいたときに一瞬考えたけど、やっぱりスタンスは変えないで行こう。

的を絞る作業は現地の人がやってくれる。

自分で的を絞ってしまったら、私が彼らのチャンスを手放していることになる。

さぁ、的を絞るどころか、また新たに仕掛けようとしています。
まだもうちょっと下準備が必要なので、ひと段落したら皆様に報告しますね!

乞うご期待!

あ、でも、活動のキーワードは「金儲けしようぜ!」でございます。(青年の家とごみ問題はちょっとはずれているけれど。)

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2009年1月6日(水)社会見学な一日

今日は、いろんな用事を全て明日に回すことにして(おいっ!)、
オリーブオイルができるまでを一日中、じっくり見学した。

まず、収穫したオリーブに塩をまぶして1ヶ月くらいおいてから、、、

大きな石で丁寧につぶして(馬が大活躍!お疲れ~)P1060703

藁で編んだザル(真ん中に穴があいている)につぶしたオリーブをつめて
P1060694

何枚も重ねて、プレスして
P1060705

っていうのを2回繰り返し、

その後3回目の段階でお湯をオリーブにかけ、

上記の工程をもう一回する。

そして搾り出されたのがこれ。
P1060713_2

この上部の泡泡の白っぽい部分はアクかと思いきや、そうではなく、通称オリーブのミルク。
これは薬として体にとてもよいそう。

P1060710

そして中間がオリーブオイル。
これらを丁寧に手ですくう。
 
最後はタオルに油をしみこませ、搾る。

そして下部は水。
これはそのまま放置。

こしてオリーブオイルはできあがるのでした。

全て手作業。
こうやってできたオリーブの味は格別。

※今では機械化がすすんでおり、電気の機械で絞られているオリーブオイルもたくさんあるそうです。

今年搾りたてのしかも伝統的な方法で絞られたオリーブオイルが食べたかったら、そう、カルメットへ!

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2010年1月5日(火)初出勤はブアッセル

ということで、体調を戻した私は今日から仕事始め。
まずは、仕事納めのときにも関わったブアッセル集落から。

お、初めて聞く名前だぞ!

と反応したあなた、すばらしい!
わっくわっく愛読者の優等生でございます。

そう、ブアッセルとのおつきあいはまだまだ数ヶ月。
ここも、6月にあった村長の選挙の後、役場が合併したことにより、私の配属先の村役場の管轄に加わった集落。
犠牲祭の後にカルメットとブニムラーズから女性を一人ずつ連れて始めて訪問。
なぜなら、そこにはナディと呼ばれる「女性の家」のようなものがあり、そこで省庁から派遣されている女性2人が手芸教室を開いていると聞いたから。

いろんなところを見て、これからの活動のヒントになれば、と思って、女性たちも一緒に連れて行きました。
その日は、お互い電話交換なんかをして、人脈作りのお手伝いができたかな、っと思っていたのですが、話をしていると、いろいろと問題があるようで、もうちょっとじっくりそこの集落とも関わってみようと思ったわけです。

問題とは、
①去年に比べて人が減ってきている(去年は30人くらいいたのに、今は10人くらい)
②皆がしたいことは「電動ミシン」なのに、それがないのでできない。
 もし可能なら買ってほしい。
③教えるだけ教えたけれど、その後どうしたらいいのかわからない。

とまぁ、よくある話。

そしてその後1回だけ一人で行き、12月31日に村長を引き連れ、そこで働いている女性2人と私との4人で、メクネスの省庁の本部に色々と相談に行ってきたわけ。
(私は横で聞いていただけであるが。)

メクネスの省庁は、「住民組織の名前で機材を申請してもらったらいくらでも渡せる。でも、ブアッセルには住民組織がないから、まずそれを作らないとね。」

とまぁ、よくある話。

ということで、またそこでも住民組織を作らないといけないことになった。

私の活動は、「住民組織をつくるお手伝い」がほとんど。

うまく人がみつかるといいけどな。



そして、今日、ブアッセルのナディへ。

今日集まっていたのは3人でした。

まだまだオリーブの収穫が終わっていないらしい。

女性たちの家を回るのかと思いきや、雨が降っていたので
「雨の時期が終わったら」
ということになった。

フェルトの話をしたら、金曜日にさっそくしようということになった。

日本人が来ているらしい、ということで、人が集まるようになったらいいな、ということでできるだけ通うことにしよう。(つまり、客寄せパンダである。)

これがブアッセル。ちょっとカルメットに似ている。
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2010年1月4日(月)新年早々ダウン

年末年始においしいものを食べすぎたのか、

移動に無理があったのか、

温度差に無理があったのか、、、

きっと全てが要因であると思われますが、その名の通り体調を崩してしまいましたー。

一日、近所づきあいをすることなく、家でじっとして、自分で作ったお粥を食べていたら治りましたが、
健康第一!と思っていた矢先だったのでちょっと反省。

話は変わりますが、年末年始、たくさんの日本人と関わって、自分「やばさ」に気づいてしまったわけです。

このまま帰国しては、ちょっとやばい。
しかも、帰国して4日後くらいには職場復帰しなくちゃいけないのに、本当にやばい。

どれだけやばいかといいますと、、

①とっさの日本語が出てこない
(例:初日の出を見たときに、あまりにも真正面に大きな太陽が昇ってきて、あまりに感動し、とっさに出た一言、「にーーーしゃん!」。これはけっして、「兄さん」がなまったわけではありません。「真正面だ!」というモロッコ方言アラビア語でございます。)

②どこまで食べ物を手で触っていいのか分からなくなってきている。
(解説:常に私はモロッコ人宅でご飯を食べているわけです。モロッコでは手でご飯を食べるのです。もちろん私もです。日本ではおはしを使います。そのくらいのことは私でも覚えてます。しかし、日本でも、たとえばお魚を食べるとき、ちょっと左手を使ったりしませんか?そういう「ちょっと手を使うの」が、どこまでよくて、どっからが行儀悪いのかが判断できなくなっております。)

③クスクスが出て、「あ、あっさり料理でよかった」と思っている。
(解説:体調を崩してお粥で過ごした次の日、初めてお粥以外で口にしたのがクスクスだったのです。クスクスが出てきたときに、「あ、あっさり料理でよかった」と思ったわけですが、これまた日本から来たときはクスクスは決してあっさりはしてなかったわけです。こってりモロッコ伝統料理ですから!と自分でつっこんでみたり。。。)

④、、、

いろいろあるけれど、もうやめておこう。
日本に帰ったら、きっとすぐに日本文化になじむんだろうけど、自分が知らず知らずの間にこうもモロッコ化されていることがちょっとおもしろかったので(おもしろいのかい!)、書き留めてみました。

ということで、帰国後、早めに私に会った人は、こういう姿を見れるかもしれません。

お楽しみに~♪

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2010年元旦 あけましておめでとうございます。

2010年が始まりました!

2009年はモロッコな一年。
いろいろあって、いろいろ考えて、うまくいったりいかなかったり。
でも、時は経つものですな。

そんな一年のしめくくり、年越しは、同期の任地ブールメンで初日の出を見たり、
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お節(!)を食べたり、
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こしひかり(!!!)をいただいたり、
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「日本でも絶対使える」保障つきの買い物しまくったり、

かなり楽しみました。

それもこれも、日本から25キロの日本食を運んでくださったステキな彼女と、それをみごとに調理してくださったボランティア隊員のおかげ。

いやぁ、ほんとに楽しかった!!!!

2010年は半分モロッコ、半分日本の予定。
きっとまた変化の年になる予感。

ということで、2010年もよろしくお願いいたします!
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